2000年6月7日付 産経新聞(朝刊)

シリーズ・性をみつめて 境界を超える(1):心と身体の違和感 トランスセクシュアルの悩み

東京はまだ梅雨入り前だというのに、真夏のように強い太陽の日差しが照り付ける。紺色のTシャツにジーンズ姿の冴場(さえば)悠軌さん(23)は、すらりとした長身のスポーツマンタイプ。日に焼けた笑顔に白い歯が光る、真夏の海が似合いそうな青年だ。

「いま勤めている会社は、辞めることにしました。職場では自分はまだ女だってことになってるんです」。“男性的”な太い声で話す冴場さんの笑顔には、時折、寂しげな表情が浮かぶ。身体の性は女として生まれたが、物心がついたときから心の中では「自分は男だ」と確信していた。心と身体の違和感が続き、自分はいったい何者なのかと悩み続けてきた。

4年前、書店で偶然見つけた本を読み、自分はTS(トランスセクシュアル)だと確信するようになった。本は女性から男性への性別再指定(いわゆる性転換)手術を受けたTSの作家、虎井まさ衛さんの著書。

TSとは、身体の性別に違和感(性同一性障害)を持ち、性器形成手術を受けてそれを解消しようとする人たちのことをいう。冴場さんは現在、手術の前段階でもある男性ホルモンの投与を始め、男性としての“本来の身体”を取り戻しつつある。


小さいころは男の子と一緒に走り回って遊ぶのが好きだった。女の子らしい服装を着るのを拒み、母親とはよくけんかした。自宅の居間には、3才のときに七五三のお祝いで撮った写真が今も飾られている。赤いリボンを付けられるのが嫌で泣きじゃくった後に撮った写真では、まぶたが腫れているのがはっきりとわかる。

ほかの女の子みたいに、自分のことを「私」とか「あたし」と呼ぶことはできなかった。周囲からは「女の子らしくしなさい」と言われ続け、「俺」とか「僕」と言う勇気もなく“1人称”を失った。次第に口数は少なくなり、人から聞かれたことにだけ答えるようになっていった。

思春期が近くなるにつれ、一緒に遊んでいた男の子たちは離れていった。女の子の輪に溶け込むこともできず、学校では次第に孤立していった。ジーパンにTシャツ姿で通学していた小学校高学年のある日、クラスの女の子数人から「おとこおんな」とはやし立てられた。怒りが込み上げ、走って逃げる女の子を追いかけると、周囲からは笑い声が聞こえてきた。

「自分は大きくなったら男の人になるんだ」と心の底では信じていたが、親や周囲の人には言えなかった。どうすればいいのかわからない自分を、自分の中で押さえ込むことしかできなかった。




シリーズ・性をみつめて 境界を超える(2):二次性徴 自分自身の身体を傷つけ

女性の身体に生まれながらも「自分は男性だ」という性自認を持ち、違和感に悩み続けてきた冴場(さえば)悠軌さん(23)は、2年前、埼玉医科大学のジェンダークリニックを訪れ「性同一性障害」と診断された。1年間のカウンセリングを受けた後、男性ホルモンの投与を始め、今では男性として自分の“本来の身体”を取り戻しつつある。  子供のころは、周囲から「女の子らしくしなさい」と言われても、心の中で「自分は大きくなったら男の人になるんだ」と信じていた。しかし、その確信は身体に女性としての二次性徴が現れることで裏切られる結果となった。中学に入学してまもなく、自分にとっての大事件が起きた。女性であることをはっきりと示す初潮が訪れたのだ。

自分の身体が女性であることを突きつけられ、「生まれてこなければよかった」と思い詰めるようになった。その後は生理が来るたびに、腹部を殴ったり壁に頭をぶつけたりして自分自身を傷つけた。その苦しみはだれにも打ち明けることができず、両親が寝静まった夜に布団の中で泣いた。

中学2年のとき、もう一つの事件が起きた。自分の胸の膨らみを隠したい一心で、制服の内側に厚紙を入れて通学していたのを、何かの拍子にクラスの子に知られてしまったのだ。放課後、話を知った担任の先生に呼ばれて理由を聞かれたが、黙ってうつむいているしかなかった。「胸が大きくなるのが嫌だ。本当は自分は男なんだ」と打ち明けても、誰も信じてくれないだろうと思っていた。


制服の中に厚紙を入れていた話は、翌日にはクラス中に広まった。クラスのみんなから無視されるようになり、無視は卒業まで続くことになった。後になってわかったことだが、その話はPTAの集まりを通じて母親へも伝わっていた。母親はずっと後になってから、「いじめられていたことは知っていたけど、何も言ってくれないし、怖くて聞けなかった」と打ち明けてくれた。

自分の中にいつも重たいものを抱え、授業に集中することはできなかった。そんな自分が唯一、解放される瞬間は、放課後に陸上部で走っているときだった。小さいときから走るのが速く、陸上の選手としていろいろな大会で入賞してきた。全力で走るのは辛いことだったが、走っているときの辛さが他の辛いことを忘れさせてくれた。本当に疲れ切るまで走った日の夜は、心の底にある重いものの存在を忘れて眠りにつくことができたのだ。




シリーズ・性をみつめて 境界を超える(3):初めての舞台 ありのままの自分を表現

女性の身体に生まれながらも「自分は男だ」という性自認を持ち、心と身体の違和感に悩み続けてきた冴場(さえば)悠軌さん(23)は今年5月、性別に違和感を抱えるTG(トランスジェンダー)の人たちをテーマに東京都内で行われた公演「トランス☆プロジェクト」の公演「不完全な空--やっぱり、ただの森の中へ」のキャストとして、初めて舞台に立った。

自分のように心と身体の性の不一致に悩む人の存在を多くの人に知ってほしい、と思っていた昨年、性別違和をテーマに舞台を作ろうとする人がスタッフを募集していることを知り応募した。


舞台ではキャストの1人として出演することが決まり、以降、会社の仕事が終わった夜に、プロの役者と一緒に稽古に励む日々が始まった。会社では女として通っている冴場さんにとって、舞台の稽古場は、ありのままの自分を受け入れてもらえる初めての場所でもあった。周囲の人が自分を男として見てくれることは、何よりもうれしいことだった。

中学時代までは自分の殻に閉じこもっていた冴場さんが、自分自身の性別違和について他の人にも話せるようになったのは、高校生のときだった。得意だった陸上の推薦で進学した高校は女子高の体育科だった。女子高への進学は意に反していたが、中学時代、学校でも家でも気の休まる場所を失っていたために、どこか居場所が欲しかった。

高校に入ってまもなく、クラスの女の子から「良かったら付き合ってほしい」という内容の一通の手紙が届いた。周囲からは女だと見られているはずの自分に、こんな手紙が届いたことが不思議だった。その女の子と何度か手紙のやり取りをするうちに、「もしかしたら彼女なら本当の自分のことを話してもわかってくれるかもしれない」と思うようになった。

その時はまだ、「性同一性障害」やTS(トランスセクシュアル)という言葉は知らず、自分のような人間は他にはだれもいないのだと思っていた。ある日、勇気を出して彼女に「自分は心の中では男なのに、体は女になってしまったんだ」と心の内を打ち明けた。「何となく雰囲気でわかっていたよ。男とか女とか関係なく、人間として好きなんだ」という彼女の答えを聞いたとき、自分のことを分かってくれる人がいることに初めて気づかされた。

「本当の自分を舞台で表現したい」--。冴場さんは今、5月に公演を行った「トランス☆プロジェクト」での経験をステップに、本格的に役者の勉強をしていきたいと思っている。




シリーズ・性をみつめて 境界を超える(4):性別再指定 本当の身体取り戻したい

女性の体に生まれながらも「自分は男だ」という性自認を持ち、心と身体の違和感に悩み続けてきた冴場(さえば)悠軌さん(23)は2年前、埼玉医大で「性同一性障害」と診断された。それを機に母親あてに手紙を書いて自分が性別違和に悩んでいたこと、これから治療を受けようとしていることを初めて伝えた。

高校卒業後、離れて暮らしていた母親からは「小さいころから女の子らしくできないあなたを見て、きっと何かあるのだと思っていた」と返事が届いた。「私があなたのことをこういう風に産んでしまってごめんなさい」と手紙で謝る母に、電話をかけて「お母さんが悪いんじゃない」と言い聞かせた。

1年後、男性ホルモンを投与する治療を始めるときには父親にもそのことを伝え、「お前の人生なんだからしたいようにしろ」と言ってもらった。自分の本当のことを話してからは、両親との会話は以前より増え、互いにいろいろなことが話せるようになった。

本来の自分である男性としての体を取り戻すために、将来的には乳房切除や男性器形成の性別再指定手術を受けようと思っている。手術には不安もあるし、費用も稼がなければならない。それでも男性の体を得ることへの希望があれば、どんな困難も乗り越えられるような気がする。

職場ではまだ、同僚たちに本当のことを打ち明けられずにいる。男性ホルモンを投与し始めて以来、声は低くなり、体つきは男性的になった。職場の同僚からは「その声どうしたの。風邪でもひいたの」と何度も尋ねられる。時折、職場に出入りしている人たちが「あの人男かな、女かな?」とうわさする声も聞こえ、その度につらい思いをする。職場にはただ1人、本当のことを話すことができる自分にとって大切な女性がいる。今の職場は近く退職し、新しい仕事を見つけたいと思っている。隠し事がいつバレるかと気にしながら生活するのは自分には向かない。新しい仕事は最初から「性同一性障害」のことを伝えて見つけられれば、と思っている。自分のことを「障害」と言うのは好きではないが、周りの人たちにわかってもらうには仕方ないと感じている。

できれば、3年後くらいに上半身の手術を受けるつもりだ。「上半身の手術さえ終われば、できることはいろいろある」ー。海に泳ぎに行けるかもしれないし、まずは真っ白なTシャツを着てみたい。そして舞台に立ってありのままの自分を表現し続けられれば…。冴場さんの夢は今、大きく膨らんでいる。

(産経新聞社web「シリーズ・性を見つめて」------産経新聞連載「境界を越える」(安達亜紀記者)1〜18 回)